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メメント・モリ 〜死を想え〜

ときわのもり動物病院

こんにちは〜

建物を建てるってめちゃくちゃ色んな人が関わっているし、すっごい時間がかかるんだな〜って改めて感心している林です。

建築、消防、保健所、設計士さん、工務店さん、大家さん、不動産屋さん・・・

ありがたいですね😊


さて、前回の続きって言っても、うまく繋げなさそうなんで、今日は今日で書きたいと思いますw


前回は劣等感の話をしました。

誰かのために良かれと思っていることって、結局自分のエゴだったり意見の押し付けに繋がってしまうこともあります。

でもそれって全て「自分はこうする」「こうした方がいい」「こうしなければいけない」っていうので他人を縛ってしまうことにもなりかねないんですよね。

特に身内に関してはそうなりがち。


これは犬猫にもそうしがちですよね。

もちろん人に迷惑がかかったり犯罪を犯したりしてはいけませんが、そうじゃなければ結局それでイライラしてモヤモヤしているのって、実は自分だけなのかも、って思うこと結構あるんですよね。

例えば子供だったり家族だったりが自分の言う通り、やって欲しいことをやってくれなかった時、当然自分はそれがいいと思っていて伝えているので、やってくれなかった時ってちょっとがっかりするし、時にはイラッとすることもあります。

でもそれって結局は相手の問題であり、相手が満足していれば、それがたとえ失敗したりしたっていいんじゃないですかね?

人間、相手を変えることなんてできませんから。


それよりも問題だな〜と感じているのは、言うことを聞いてくれない、って思ってイライラしてがっかりしている自分の心なんですよね。

#これ、個人的な話ですのでw

相手の行動なんて相手の責任ですし、その結果その人がどうなるかは言ってしまったらその人が選んだこと。

本来なら自分が関わることではないんですよ。

それを気にしてしまうって言うのが、自分の中にある「劣等感」だと思うんです。


そこでこの本にも書いてあったことで、最近私が感じていることを書きたいと思います。


メメント・モリ

どこかで聞いたことがある人もいらっしゃると思います

「死を忘れるな」
「死を想え」

人間も動物もいつかは必ず死にます。

これは間違えのないこと。

私は今30代なので、あと50年生きられるかもしれない。

でももしかしたら明日死ぬかもしれない。

いつ死ぬかなんて誰にもわからないですが、確実に言えることはこの人生は1度きりで、生きているものは確実にいつか死ぬ、ってことです。

最近は生まれ変わり、みたいなのもYouTubeなんかでも流行っていますが、私は全然そんなものに興味がないんです。

だって生まれ変わろうが変わらなかろうが、今の意識でこの人生を経験するのって絶対に1回だと思うんですよね。

でも残念ながら我々は本当の意味で「確実に死が待っている」とは思っていません。

自分はまだまだあと何十年は生きられるだろうし、自分の子供はもっと長生きすると思っている。

飼っている動物に対しても人間よりも早く旅立つとはわかっていても、まだまだ先の話だと思っている。

そう、死を身近に感じることなんてほとんどなく、そして死を忘れながら生きているんですよね。

だから身内や仕事仲間などあらゆる人に文句が出るしイライラするし、時には他人の意見と自分の意見を対立させ、論破しようとする。

今の世の中、そんなものばかりな気がします。

でも、自分が何かの病気で余命1ヶ月と言われた、って想像してみてください。




同じことができるでしょうか?

子供や家族に対するイライラ、仕事への不平不満、世の中への愚痴。

自分がもしあと1ヶ月でなくなるとしたら、今と同じことができるでしょうか??


全ての物事、一瞬一瞬が、とても大切な時間になりませんか?

今まで子供に対して「ちゃんとしなさい!!」って怒ってばかりだったとしても、あと1ヶ月しかない、ってなったら子供が楽しく遊んでいるのをずっと見ていたいと思いませんか?

夫婦間のいざこざだってそこにイライラしている時間はもう残されてないはずです。

仕事だってそれがあったからお給料がもらえてさまざまな出会いがあった。

もし毎日不平不満を言っているようなら、そんなところはさっさと辞めてしまったらいい。


死を意識する、ってことは「今の一瞬一瞬を大切に生きる」ってことなんです。

逆に死を忘れるってことは今を生きる必要性がなくなってくる、ってこと。

でも私たちがいるのは常に「今」なんですよね。

本来なら過去も未来もなく、あるのは「永遠に続く今」なんですよ。


死を意識すると他人に対しても許せるようになるし、何しろ自分に対しても許せるようになる。

だって「あいつ、最後までガミガミ、イライラしてたな〜」なんて思われて死にたくないですよw
「一緒にいて楽しかったな〜」って思って欲しいですよね。


今を生きて、他人も自分も尊重する。

これって今の我々からするとすっごい難しいことなんです。

ちょっとすると
「あの時こうしとけば・・・」と過去に意識は行き、
「このままで大丈夫なのかな・・・」と未来に意識が行き、結果不安になる。

そして自分を謎の常識(社会のルール)で縛り上げ、それに反していて自由な他人を見ると文句が言いたくなる。

人間って難しいんですよねw


でも動物たちを見てみると、結構あっさりやっていませんか??

動物や昆虫は多分明日のことなんて思っていませんよ。

もし思っていたとしたら、食べ物をこれでもか!!っていうぐらい溜め込んでいるでしょうけど、それをやっているヤツはいませんw

落ち込みながら飛んでいるカラスも今のところ見たことがないし、自分の治療費の心配をしている犬も見たことがない。

本来は動物はそうやって生きているんです。


動物たちはいつか自分が死ぬことを知っています。

動物の最期って、誰かを待っていたり、逆に独りになってみたり、何かを食べたかったり。

これ、このタイミングを選んだでしょ??みたいなことが多くあります。

つまり生き物って本来はそうやって生きているんです。


現代はそれがとても難しい世の中になっていますが、いつ死ぬかわからないなら、いつ死んでもいいように少しずつ自分の気持ちに素直になって、やりたいことはやり、辞めたいことは辞め、会いたい人には積極的に会いに行ったほうがいいのかな〜と感じている毎日です。


メメント・モリ

覚えといて損はない言葉だと思います👍


では🤗

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執筆者
林 潔高
林 潔高
獣医師
林 潔高(はやし きよたか)

2012年に日本大学を卒業後、静岡市内および東京の動物病院で勤務。

2019年から2年半、24時間体制の動物病院「動物救急センター」で勤務。

2021年より東京の動物病院で院長として勤務した後、2023年に独立。

現在、東京・神奈川・埼玉・静岡で往診しています。

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