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保護施設見学 〜犬が過ごす理想郷〜

ときわのもり動物病院

こんにちは〜

カラオケに行って夕方からビール片手にマイクを持っていた林です。

#たまに大声を出したくなる時もある


さて、昨日はとある保護施設を見学に行ったんです。

犬の保護施設なんですが、そこに保護の依頼がある犬は普通の保護団体さんが受けている犬とは違うんです。

そこにくるのは・・・

「咬傷事故を起こして殺処分になりそうだったり、飼い主さんが疲れてしまっている犬たち」

なんですよね。


昔院長に言われたことがあります。

「犬は噛むもの」って。

先日も四国犬が何人も子供を噛んでしまった、っていうニュースがありましたが、犬っていうのは突然スイッチが入ってしまい噛んでしまうことがあるんですよね。

それは個性もあると思います。

人間でも何があっても穏やかな仏のような方もいる一方で、喧嘩っ早い人もいますよね。

でもそういう人が普段からずっとイライラして、誰にでも噛みつきに行っているかというとそうではありません。

普段は楽しく、むしろ人よりも楽しむ時は楽しんでいたりします。

何かが狂うんです。

何かが気に障るんです。

そうなると喧嘩になってしまうんですよね。


我慢ができないんですよ。


それは犬も同じです。

人間を噛んでしまった犬たちは絶対に何か理由があってかんでしまったわけで、生まれた時から人間を噛むようにプログラムされている犬なんていないんですよね。

そしてそれの原因を作っているのって、ほとんどの場合人間です。


昨日の施設の方が言っていましたが、

「噛まれることはあるけど、それは自分の犬に対する距離感の詰めかたが間違っていた時。
 向こうから距離を縮めてきてから触れば噛まれることはない」

そのとおりだと思います。

これは人間同士だったらやっているはずです。

初対面の人に家族と同じような態度はとらないはずです。

必ず相手はどういう人間なのか、っていうのを察知し、言葉遣いも気をつけ、自分をどこまで曝け出すかを考えながら、時には何回もあってやっと少しずつ心を開いていく。

それでも急に間合いを詰めたり、なんなら知らない子供を抱っこでもしようとしたら嫌がられて問題が起きますよね。

でもそれを動物に対して流行ってしまう。

特に犬に対しては。


犬は人間に都合のいい動物じゃないんです。

だから「ペット」っていう、「愛玩動物」っていう表現が嫌いなんですよね。

なんで人間目線で全て考えてしまうんでしょうか?

そこには相手に対する尊重がなく、全ては人間のために存在する、っていう傲慢さが見え隠れしているんですよね。


犬だって急には噛みつきません。

警戒サインを出しています。

そのサインを無視して一気に距離を詰めてしまったら、犬だけじゃなく猫だってウサギだってネズミだって、なんなら人間だって・・・

いや、人間がいちばん噛みつきますよね。

人の悪口を言ったり無視したり、ひどくなると暴力を振るったり。


それって全部相手を無視して、自分の好き勝手に相手が合わせてくれる、っていう幻想が引き起こしているんですよね。


実際に昨日犬たちに柵越しであったらめちゃくちゃ吠えられました。

そのほとんどが恐怖のありそうな顔をしていました。

俺と犬たちとはまだまだそんな関係ってことです。

でも施設の方は信頼をおかれているので、犬の群れに入って行ってもそんな顔はされません。

35頭ぐらいいるとのことでしたが、食事の時間も同じ空間で同じ時間にとっているとのことでした。

信頼関係を一つずつ積み重ねるのが大切なんですよね。


そういう犬との暮らしの考え方ってすごいいいな〜って思ったんですが、もう一つすっごい興味深いところがあったんです。

それは・・・

犬が自由に家の中と外を行き来でき、土や木や草などの自然に常に触れていられる

ってこと。

ちょっと田舎なんですが、ドッグランとしても使えるぐらいの広さの土地に基本的に放し飼い。

扉がないので家の中に来たい場合はきて、外がいい時は外にいる。

雨の日であっても関係なく外にいる子もいるみたいです。


そうするとどうなるか??

病気がないんですって。

もちろん下痢をしたり吐いたりは生き物なんでありますが、食欲がなくなることは滅多になく、今まで病気で病院に行ったことはないんですって。

皮膚病だったり免疫の病気だったりもない。

薬もフィラリア、ノミダニだけ。


これが正解なんでしょうね。

犬は基本的に外で暮らす生き物、というか人間も含めて動物は外の環境にいないとどこかが病んでいくんです。

それが身体なのか心なのか、それとも両方なのか。


今の動物の飼い方ははっきり言っておかしいです。

逆だったら絶対に嫌です。

嫌じゃないですか??

ずっと家の中でお留守番、散歩に行けると思っても紐で繋がれて行きたいところにはいけない。

食べるものも乾燥した謎の食べ物を死ぬまで。

そして何よりも元気なのに病院に連れて行かれて抑えられて注射や採血をし、元気なのに薬を飲まされることも多い。

そして一番の問題かもしれないのが「飼い主さんの監視下に常に置かれていること」


もちろん人間側からすると良かれと思ってですし、少しでも異変に早く気がつくことは大切かもしれません。

でもそれって裏を返せばその子のことを信頼できていないってことです。


誰だって体調を崩す時はあります。

人間だって下痢をしたり便秘をしたり、皮膚が痒くなったり熱が出たり、食欲がなかったりすることもありますよね。

それでも大体の場合は何もしないでゆっくりと休んでいたら勝手に治ります。

症状っていうのは身体からのサイン。

これからこれを治していきますよ、身体に溜まった老廃物を出していきますよっていうサインです。

だから黙って寝ていればいいことが多いんです。


そんな時に、ですよ。

親が常に横にいて

「大丈夫??」
「どこが悪いんだろう??」
「ねぇ、教えてよ」
「これ美味しそうだから買ってきたよ!!」
「病院に行こう!!先生なら治してくれる!!」

みたいなことをずっとやってたらどうですか??

そして心配だからって家にカメラをつけて、自分のやっていることを常に見られていたらどうですか??


気が狂うでしょ??

それをやってしまっているのが今の飼い方なんです。


依存しすぎなんです。

自分の楽しみを犬に投影しすぎなんです。

犬はおもちゃではなく、自分のために生きている存在でもなく、自分を満足させるために生まれてきた存在ではないんです。

犬だけじゃない、動物たちは全てそうです。

子供達もそうです。

彼ら彼女らには、それぞれの人生があるんです。


それを親だから、飼い主だからって自分の思い通りにしようとする人が多すぎるんですよね。

もちろん自分も含めてです。


でもそういう時って思うんですけど

「自分の人生を自分に正直に本気で生きていない時」

にそうなってしまうんですよね。

楽しいことに没頭していると子供だったり犬だったりなんてどうでも良くなります。

自分が満足していると、他の人や動物の行動に対して興味がなくなります。

これは別に育児放棄だったり飼育放棄だったりってわけではないです。

そうやって自分が楽しいことをやっていればいるほど、なんだか子供達っって元気なんですよね。

多分、親が干渉してこないと、のびのびできるんですよ。


ちょっと長くなってきたのでそろそろ締めたいと思いますが、結論、

自分の人生、自分の好き勝手に生きたらいいんです。

もちろん人に迷惑をかけたりは良くないですが、自分は自由に動いていたらいいんです。

そうしたら他人や動物に対する束縛は無くなります。

だって自分が自由なのに他者に対して束縛するって、意味がわからないですよね?

自分が自由なら他も自由。

それが愛であり尊重するってことなんだと思います。


だからまず動物たちや子供たちを信じてあげてください。

大丈夫、本当に助けて欲しい時は向こうからやってきますから。

子供なんて勉強していなくたってそのうち自ら勉強する時がきます。

逆に勉強しないってことは、今それをやるタイミングじゃないってことです。

もしかしたら永遠にそのタイミングは来ないかもしれないですが、それはその子に必要ないってこと。

英語なんて何年も習ったけど結局使い物になっていないでしょ??

本当に興味のあることは自分でやります。


動物にも子供にも

「木の上に立ってみる」親の立場で接してみてください。

では🤗

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執筆者
林 潔高
林 潔高
獣医師
林 潔高(はやし きよたか)

2012年に日本大学を卒業後、静岡市内および東京の動物病院で勤務。

2019年から2年半、24時間体制の動物病院「動物救急センター」で勤務。

2021年より東京の動物病院で院長として勤務した後、2023年に独立。

現在、静岡と東京を中心に往診をしております。
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